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ライダーは風を感じて勘づく

どこまでも走っていたい

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本日もお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

 

どこまでも走っていたい。

もうそんなの、随分昔の気持ちですねw

 

気ままなバイク乗りの与太話に少々お付き合い下されば幸いです。

僕がバイクと出会ったときの話は、過去の記事を参照していただければと思います。

 

 

www.degensetsu.com

 

二輪自動車はその名の通り二輪でタイヤが2つしかありません。

2つよりは4つの自動車のほうが安定感はあります。

中には、三輪のバイクだったり、昔々にはオート三輪と呼ばれる車がありました。

 

しかし少なくとも、二輪車というのはバイクを指します。

2つよりは4つのほうが安定感ありますが、4の半分である2は、何某かを削ぎ落としているともとれます。

 

大型自動二輪であれ普通自動二輪車であれ、排気量がいくら高くても車よりはコンパクトです。

アメリカンクルーザータイプのように、ホイールベースが長く軽自動車くらいとならタメをはれそうなバイクもあるにはありますが、やはりそこは車重からして違いがあります。

 

でも、軽快さや取り回しのしやすさ、旋回したときの所要時間。

それは、どれを取ってもバイクのほうが優れています。

夏は暑くて冬は寒い、おまけに雨風をしのげないバイクに乗る理由は、爽快な乗り心地からくる新体験をするためだと僕は思います。

 

イリュージョン・バイク

バイクは風を感じるために乗る乗り物。

先人たちはそう言いますが、バイクの醍醐味も風無くしては味わえないものだと確かに感じます。

 

しかしバイクは風を感じるためだけに乗るものではありません。

自由の象徴的な乗り物ではありますが、積まれているテクノロジーは自由を通り越してあまりに現実的な機構。

 

メカニックの知り合いはいるのですが、そういうの僕はからっきしなのでわかりません。

ただ、ものすごく複雑なパーツでバイクは作られています。

メカメカしい鉄の塊が公道を走っているというのは、ネイキッドバイクの名に恥じない潔い剥き出し感。

 

バイクの骨格は男らしい。

 

下敷きになれば骨折や打撲は免れないし、何より命の危険にさらされてしまうでしょう。

 

様々なパーツが合わさってできあがるバイクは、乗った者にバランスを取らせます。

ただ跨がっただけでは、盛大にコケてしまう。

 

けれど、バランスを取れば乗れるようにバイクはデザインされている。

こんなこと自転車でも同じなわけですが、改めて、バイクに跨がってアクセルふかして前へ進むという行為は、実は不思議がいっぱい。

 

免許を取ってから随分経つし、エンジンを始動させ走り出すなんて何の造作もないことなのですが、一つ一つの所作が割かし不思議だと思うのです。

 

キーを差し込みエンジンをかける。

アイドリング音(アイドリングストップが騒がれている昨今で、あまりよろしくないことですがw)を聴き、跨がりスタンドを外す。

スタンドさえかけていれば転倒する心配はありません。

 

そのスタンドを自らの足で蹴り、解除する。

 

この時点で結構、逃げ道を断つというかスゴい行為をしているんじゃないでしょうか。

バイクは走るためにあるから、スタンドをかけているだけでは1つもおもしろくない。

 

ええ、つまりません。

 

バイク乗りからしたらバイクを持っているのに走らないなんて言語道断ですからね。

 

ただ、あのスタンドを外す瞬間からバイクマジックにかかっていることを忘れてはいけません。

 

風の方角

 

そして、バイクに乗って出かけるわけです。ツーリングですね。

スタンドが外され、コントローラーであるライダーが操らないとバイクは言うことを聞きません。

 

バランスを自分で取らなければいけなくなってから初めに吹く風は、追い風なのか向かい風なのか。

走った刹那、風は容赦なくこちらに吹いてきます。

 

自然風ではなく、走ることによって生み出される圧力のかかった風。

歓迎しているのか気分良く煽ってくるときもあれば、虫の居所が悪く台風のような風力をお見舞いされるかもしれない。

 

前後左右から風は吹いてき、バランスを取らなければいけないのにコントロールミスを誘ってきたりします。

 

そこがまたおもしろいところで、コーナーに入ったときに強風が吹いてきたらどうしようとか、あれこれ考える前にバイクは勝手に曲がってくれたりするんですよ。

 

目線の方向に動いていく特殊性能を有しているのがバイクのこれまた不思議なところなのですが、見晴らしの良さは天下一品。

特殊性能を生かして走っていても、決して全自動で運転をサポートしてくれるわけではありません。

 

己の勘で進むルートを選び、安全運転を心がけた上でスピードと景観を重視する、細かく見るととても面倒なバイク。

そういうのが好きって言うんだから、ライダーには物好きが多いわけですね。

 

サーキット走行を主体にしているライダーもいれば、峠を走るのが好きなライダー、僕みたいにぶらっとエンジンかけて出かけてみる奴もいたり。

 

通勤にバイクを使う人もいれば、レジャーにバイクを使う人も。

通勤に車を使う人もいれば、レジャーに車を使う人も。

 

なあんだ。

結局、車もバイクも同じところにオチていくのかと思うかもしれません。

 

しかし、バイクにはマジックがあります。具体的に言えば、先ほどから何回も使っていた「バランス」があるんです。

加えて、「風」が存在しています。

バランス神と風神とでも称しましょうか、スタンドを外した後には、今まで近くにいなかったのに、いつの間にか登場しているんです彼らが。

 

バイクに跨がる自分が、神への供物であるかのようにその身は外にカラダ1つ。

走行中に落下したら無事では済まされないのにもかかわらず、ある種、そちら二神が守り神であるかのように錯覚した上でのアクセル&ブレーキ。

 

たまりません。

 

安全運転を心がけていても、ゴールド免許暦が長くても、すぐ側にはバランス神と風神が教習指導員のように眺めている。

 

バイクってつくづく、摩訶不思議な乗り物です。

 

 勘(マフラー) 

 

約十年間バイクに乗ってわかったことは、素敵なことでした。

バイクがいろいろあるように、乗る人もいろいろで、色とりどりの見方がありました。

 

改造バイクの象徴、マフラーだって純正車外品問わず、爆音を鳴らせばいいと思っている人もいるし、静かな振動を肌で感じる余裕がある人もいます。

 

一般販売されているバイクを自分色に染めるのも一興です。

ドノーマルも悪くありませんが、ノーカスタム車を探すのは却って難しいかもしれません。

せっかくなら、自分仕様にしたい気持ちはわかります。

 

カスタムしてなんぼのバイクだってありますしね。

 

でも。

 

大事なことを蔑ろにしてはいけません。

 

バイクに乗るにはお金は当然として、時間が必要です。

そんなもの何にでも当てはまりますが、バイクは特にと言っていいでしょう。

 

まるで進み方が今までと違ったかのように、バイクに乗り始めると時間の消費が激しいです。

これは、自分で削っていく感覚でしょうか。

社会人になって仕事をし始めれば遊ぶ時間は少なくなってしまい、残された時間を捧げてバイクに跨がります。

 

やがてそれは、削いで捧げることですら億劫に感じてきてしまうのです。

 

ホント不思議なもので、大好きでしょうがなかったバイクに捧げる時間がなくなってしまうことに恐怖を覚えないカラダに仕上がってしまうのです。

 

大人になる感覚がわかるようになってきて、全てを合理的に考える癖が付いてしまうと途端に時間が別の意味で惜しくなくなってしまう。

 

バイクは、それを教えてくれた気がするんですよね。

 

癖とは怖いもの。

 

時間がなければバイクに乗れないのはわかっているのに、捧げる対象が年月とともに移り変わってしまう。

 

うーん、恐ろしい。

 

気軽に乗れる楽しさがあるバイク。

バランス神と風神は、乗れば何か助言してくれるかもしれないというのがまた、バイクの憎いところです。